戦艦大和 主砲 作れない

単に相手が零戦より後継の新型機用意して、日本が用意できなかっただけじゃないですか。 製作者さんが熱意を持って、作りたいと思って作らなきゃ本当にいいものはできないんじゃ無いですかね。 予想と違うのに戦争を初めてしまった。 軍事技術というのは、その時のその国の最先端技術の結晶のはずですから、戦艦大和建造時の日本の技術力というのはそういうものだったのです。 零戦は他社が辞退して三菱にご指名。 例えば敵空母を発見して砲撃しようと思っても逃げられちゃうし そもそも、当時の基礎工業力は今とは比べ物にならない位低く、電線一本をとってもアメリカではビニール被覆で十分な絶縁が確保できるのに対して、日本では紙がベースの被覆だったために漏電や短絡が頻繁だったと聞いています。 発射や各種機構の説明パートになります。 パート2がyoutubeから消されていたのでうpします。 パート1:https://youtu.be/mVBgnTH04Vs 要求項目に、将来のバージョンアップに備えて余裕をもたせる要求がなかったので、 だとすると、戦艦の主砲の動作も、今の技術レベルからするとかなりの苦労があったはず。 精密機械ですから、 は、結果論であって、後世の評論。 大和も零戦も、これが全てです。 番号を振っておいたのでよろしくお願いします。, 現在、タミヤの1/350戦艦大和を作っているのですが、砲塔の製作で作業が止まっています。ディテールアップパーツとしてライオンロアの「真実の大和」を購入しました。砲身が付属していました。その組み立て方法は元のパーツ(1/350戦艦大和に付属していた元のパーツ)を切断して(防水布を境に切断)防水布のパーツに穴を開けそこに砲身をはめ込むという方法でした。 故障が多かったというのは聞いたことありません。 それにね、新しいことをやろうとしたら想定外の不具合が起きるのは機械モノでは当然のことです。46センチ砲は前代未聞だったので、そんなのをぶっ放せばものすごい共振があちこちで起きるのは当然のことです。大和にとりつけたレーダーは、46センチ砲の発射の振動で壊れてしまいました。当時の日本の技術では、その振動に耐えられるレーダーが作れなかったのです。大和は一番艦ですから、実験の意味合いが強いというのもあります。 それは故障ではなくて、損害損傷ではないでしょうか。 あなたも誰かを助けることができる いったいどんな軍艦だったのか?, 戦艦大和の主砲について調べています。 故障というのは、何事も事故がなく平常な状態で突然使用不能になることでは? 製作の三菱は、航空本部の指定要目の航空機を試作して、 単に相手が零戦より後継の新型機用意して、日本が用意できなかっただけじゃないですか。 長文失礼しました。, 予想戦場における使用目的用途を決め、要目要求を軍令部が発し、予算を海軍省と商議、艦政本部が詳細を具体化。 精密機械ですから、 だとすると、戦艦の主砲の動作も、今の技術レベルからするとかなりの苦労があったはず。 何か良い防水布の自作の方法はないでしょうか?, あなたを助けてくれる人がここにいる 大和型は、当時の日本海軍が現状でできる技術を詰めこんだ、最先端の艦であることは確か。 後継機開発の為のチームが、太平洋戦争開戦により、目の前の零戦バージョンアップに動員され、 ソレこそ、質問者様が思っているような「欠陥」を解消するような技術の開発をするためには更に数年の歳月と、国家予算の数倍の研究費が必要になったことでしょう。 これは特に、排水量のわりに多くの砲塔装備している、 零戦 太平洋戦争で日本海軍の誇る戦艦大和ですが 例えば、標準なものでは、およそどのくらいの規模だったのでしょうか? ちなみに大和型二番艦「武蔵」は例のレイテ海戦で、魚雷20本に耐えるという軍艦史上空前絶後の耐魚雷記録を持っています。これが破られることは永遠にないでしょう。ちなみにこの対抗力に驚いた米軍は、沖縄作戦のときの大和に対しては「左舷からの魚雷攻撃禁止」にして右舷からの魚雷攻撃に徹し、9本で大和を沈没に至らせています。 46センチというのは大砲の穴の直径でそれが9セットあるという事でしょうか? 今年、海に沈む戦艦武蔵が発見され、世界中の注目を集めた。また5月、呉市の大和ミュージアムは、開館10年で来館者が1,000万人を突破している。今も、多くの日本人が大和と武蔵に特別な感慨を抱くのは … 個々のパーツの仕様を見てゆくと、アイオア型の方が優れているようです。 最大でしたが、清国は戦艦2隻を保有していました。  大和は世界最大の46センチ砲を9門搭載していたものの 詳細は下記のURLを参照ください。 番号を振っておいたのでよろしくお願いします。, 現在、タミヤの1/350戦艦大和を作っているのですが、砲塔の製作で作業が止まっています。ディテールアップパーツとしてライオンロアの「真実の大和」を購入しました。砲身が付属していました。その組み立て方法は元のパーツ(1/350戦艦大和に付属していた元のパーツ)を切断して(防水布を境に切断)防水布のパーツに穴を開けそこに砲身をはめ込むという方法でした。 この戦艦当時としてはどう使うつもりだったのでしょうか? やってみなければ、分らない。 製作の三菱は、航空本部の指定要目の航空機を試作して、 資料がなくて不確かですが、長門型、金剛型、重巡なんかも、同様だと思います。 ハセガワ 戦艦大和 1/450 やっと完成しました。 途中でモチベーションなくなったりして作業ストップしてたため、製作に掛かった期間は約半年くらいです。 全体像。斜めにしないと撮影ブースに入らないくらいの大きさです。 砲塔の操作は、自動装填式・水圧式駆動装置・発射筒制御装置・光学式距離測定装置。 その中に出てくる『存速』という言葉の意味が良く分かりません。 航空機エンジンでは、欧米諸国が2000馬力級エンジンを出してきてるのに、日本は1500馬力級の火星エンジンが無駄にバカでかくて雷電はあんなにずんぐりむっくりになっちゃって、2000馬力級の誉エンジンともなるともう故障なしで動かすことも困難になったのです。 短く見えるのは何故ですか。, 戦艦大和の写真を見るたび美しい船だと関心します。こんな船を日本が作ったかと思えば日本の技術力にプライドさえ覚えます。この船は純国産でしょうか?, 日清戦争時、日本の主力艦は巡洋艦が 駆逐艦や巡洋艦も相手が速いので逃げられちゃう 砲塔、砲自体は故障は、なかったのではないでしょうか。 ぜったいに沈まない戦艦「大和」 航行する姿にも驚かされるが、近づいてみるとその精巧な造りに改めて目を見張る。 [ 芹澤隆徳, ITmedia] 切り詰めたギリギリの設計で要求満たしただけです。 製作者さんが熱意を持って、作りたいと思って作らなきゃ本当にいいものはできないんじゃ無いですかね。 そういうのは「不良品」とは呼びません。 えー、たくさんの日本国民どころか、世界中で知っている人も多い乗り物に搭載されたコレを推薦しましょう! ※追記あり(※部分) フジミ模型 1/200 装備品シリーズ No.1 戦艦大和 九四式46センチ3連装主砲塔 色分け済み プラモデル 装備品1 大和型戦艦に搭載された46センチ3連装砲ですね! 零戦は他社が辞退して三菱にご指名。 それとこれはおまけで皆さんが司令官ならどう使います?, 大和とアイオワどっちが強い?なんて話になると必ず出てくるのが大和の鈍足です。 50口径のほうが初速も速く目標に命中した際の速力、存速も速い。 たいした砲戦もなく沈みましたが、その主砲は300発発射  不沈艦として設計しても魚雷で沈められました。自艦が発生させる また、大和の主砲の装填 どなたか、教えてください。よろしくお願いします。, お世話になります。質問ではなく、ふと思いつきました。ご意見をお聞かせください。 ご存知ですかね。当時の日本はネジとネジ穴の大きさも品質のバラつきが大きくてね。例えばエンジンを組み上げるときにはネジの山の中からサイズがちょうど合うネジを探さないといけなかったんですよ。いや同じ口径のはずなんですよ。だけど微妙に合わないから、合うやつを「これ合わない、これも合わない、あ、これが合った」という感じですり合わせをしないといけなかったのです。当時の日本の工業品の品質ってそういうレベルだったのです。三八式歩兵銃はよく当たることで有名ですが、そりゃそうです、1丁1丁を職人さんが丁寧に調整していますから。工場から完成した直後は品質のバラツキが大きすぎて、職人さんが調整しないととても使えなかったんですよ。もうね、それは工業品じゃなくて、工芸品ですよね。そういう国だったのです、我が国は。, 2位の方ではありませんか!大和の魚雷の話は逆です。左舷からの攻撃に集中させて、右舷の横っ腹が出てきたところを最後にがーん!とやったんですよ。 言い換えれば高速戦艦としての要求を取り下げた理由は何なのでしょうか? 46CM砲 『結局、米英に速度も性能も越されました』 次弾装填ができる技術が開発されたところです。 1発づつ撃つことによって、1砲塔あたりの発射速度は仕様を満たしています。 数字で比較しないとなかなか大和の凄さがわからないもので・・ あなたもQ&Aで誰かの悩みに答えてみませんか?, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%9E%8B%E6%88%A6%E8%89%A6. これらの装置は「日本光学」(現在のニコン)が開発したもの。 歴史 - 戦艦大和の主砲って意外と不良品じゃないですか? 某動画サイトで46センチ砲の仕組みを見たのですが… 大和の技術力はすごい!っていうイメージは崩れました。一発打ってから次を装填するには砲身を水 金剛型戦艦(こんごうがたじゅんようせんかん)は、大日本帝国海軍の戦艦の艦級。. ただゼロ戦の場合は、最初から制約が多かったです。艦上戦闘機にしろ、航続距離は2000km以上にしろ、格闘戦が得意にしろ、火力は20mm云々、エンジンの問題がありました。最初からエンジンは三菱製のエンジンはサイズに合わず、中島製の栄エンジンを使わざるを得ませんでした。これでも1000馬力ですから、設計上改良ののりしろはもうほとんど使い切ってしまいました。  戦争も後半になって防御面に欠陥を直そうという考えがありましたが、あまりに不十分でした。大体、ゼロ戦自体はもう日米開戦時点で、開発が4年は経っていましたから、そろそろ後継機が出てきてもおかしくはなかったのです。 やっていたら大和自身がぶっ壊れてしまったのではないでしょうか。 それとこれはおまけで皆さんが司令官ならどう使います?, 大和とアイオワどっちが強い?なんて話になると必ず出てくるのが大和の鈍足です。 話がそれましたが、はじめの質問に答えていただければ幸いです。 ただ、それが採用されただけです。 だから、戦艦大和というのは、当時の技術力で建造可能な最高傑作だったんでしょう。 そもそも、当時の基礎工業力は今とは比べ物にならない位低く、電線一本をとってもアメリカではビニール被覆で十分な絶縁が確保できるのに対して、日本では紙がベースの被覆だったために漏電や短絡が頻繁だったと聞いています。 またゼロ戦についてですけどね。当時の欧米の戦闘機の主力エンジンは、1200馬力の時代だったのです。しかし、ゼロ戦に積む予定の栄エンジンは1000馬力しか出せなかったのです。戦闘機ってのは、レーシングカーに似ています。貴君がレーシングカーデザイナーだとしたら、ライバルチームより20%も馬力が少ないエンジンで同じ程度に戦えるようにしろっていわれたらどうしますよ?車重を軽くするしかないじゃないか。他に方法があるのか、ええ?(この話題になると私は冷静ではいられなくなります) 戦艦大和の主砲って意外と不良品じゃないですか? 着弾率が悪いと言う馬鹿がいる、計算すると分かる事である。 故障が多かったというのは聞いたことありません。 そうなったら、元々戦争には間に合わなかった無用の長物が更に間に合わなくなり、建造中止になっていたかもしれません。 同世代の戦闘機で無敵じゃないですか。 1: 風吹けば名無し 2020/11/25(水) 09:38:26.70 ID:rxkEfu2Yd 燃料もどぱどぱ使う模様 3: 風吹けば名無し 2020/11/25(水) 09:39:43.59 ID:huumfuKK0 なおアイスクリームも作れる模様 4: 風吹けば名無し 2020/11/25(水) 09:39:44.95 ID:OJfQfv0Gd しゃーない 時代に取り残されたんや 5: 風 設計チームという人的資源がなかったから、悪循環が生まれ、 最大でしたが、清国は戦艦2隻を保有していました。 また発射速度は、3連装砲塔であるけれども、 予想を外してしまった。 大和は15万馬力27ノットですが、当初の仕様要求ではもっと高速で20万馬力,30ノットだったようです。 大和の主砲に関しては発射の機会が少なく、よくわかりません。ただし、レイテ海戦では故障がなく、射撃できたということですから、他のレイテで故障を起こしたアメリカの古い戦艦よりはまともに稼働したと思います。射撃速度はどこももとに方針を戻す必要から実質大体毎分1発だそうです。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F んで、マニアでも結構知られていないのですが、見た目がよく似ている陸軍の一式戦闘機「隼」は格闘性能のほうを優先したので設計に無理がなく、操縦しやすくてパイロットには好評だったそうです。一方のゼロ戦は無理に無理を重ねて日本人が何より愛するカタログスペックを追い求めたので、操縦がピーキーでした。マイクロソフトフライトシミュレーターはそこも忠実に再現されているそうで、日本人はみんなゼロ戦を操縦したがるのですが、すごく難しくて挫折する人が多いんですって。 926m移動する事になり命中する訳がない。, そうなんですね。地上や密集した航空機ならなんとか使えるんですかね。対艦用には使えそうに無いですね。, 戦艦として最後の世代になるアメリカのアイオワ級も、撃ったらいちいち砲身を水平に戻さないと装填はできません。当たり前です。斜めのままに次の弾を込めたら、うっかり転げ落ちたら危ないだろ!暴発事故を起こさないためにも水平位置に戻して弾込めするのは常識です。それにアイオワも2番砲塔が吹っ飛ぶ事故を起こしています。砲塔が吹っ飛んだのに船はなんともなかったのですから、さすが戦艦ですね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%9E%8B%E6%88%A6%E8%89%A6, まず、基本的なところを… 話がそれましたが、はじめの質問に答えていただければ幸いです。 ただ、それが採用されただけです。 大和の射程距離は、41.000mで着弾まで90秒掛かるので、相手が20N/Tの速度でしたら また発射速度は、3連装砲塔であるけれども、 一応、要求仕様通りにはなっていれば性能を満たしているとされているはずです。 『軍部の無茶振りに追い詰められ』 日本は戦艦大和の建造を極秘にしていましたが、その機密ぶりは、山本五十六が「いずれ乗る艦だから」と、建造中の大和視察をしようとしたところ、副官に「海軍大臣の許可が要りますが、もし断られたらどうしますか」ということで諦めた 同じく航空機の場合は、軍令部要求を海軍省が予算化し、航空本部が民間会社に競争試作させる。 砲塔、砲自体は故障は、なかったのではないでしょうか。 予想と違うのに戦争を初めてしまった。 日本初の超弩級であり、また1番艦の金剛は英国によって最後に建造された日本主力艦でもある。. 砲撃、雷爆撃による損害、微妙なズレで使用不能になることはあるかもしれませんが、 戦艦大和とは大和(やまと)は、大日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の1番艦。2番艦の武蔵とともに、史上最大にして唯一46センチ砲を搭載した超弩級戦艦であった。呉海軍工廠で建造され、昭和20(1945)年4月7日、特攻作戦に参加して沈没した。 砲撃、雷爆撃による損害、微妙なズレで使用不能になることはあるかもしれませんが、 基礎技術力、基礎工業力の限界を超えたものは作れないし、作れたとしてもそれこそ不良品と呼びたくなる粗悪品しか出来ません。 我が国日本で、かつてあの戦艦大和が機銃を撃ってたんですね。残念な結果に終わりましたが現在でも沖縄の海底に戦艦大和があるのですね。大国アメリカも真似することが出来なかった水圧ポンプの主砲。タイムスリップしそうです。, 戦艦大和の主砲(3連装45口径46cm砲塔)と副砲(3連装60口径15.5cm砲塔) 砲位盤の故障はあったようですが、 50口径のほうが初速も速く目標に命中した際の速力、存速も速い。 大和は15万馬力27ノットですが、当初の仕様要求ではもっと高速で20万馬力,30ノットだったようです。 当時の日本で作りうるハイテクノロジーの塊である。  戦争も後半になって防御面に欠陥を直そうという考えがありましたが、あまりに不十分でした。大体、ゼロ戦自体はもう日米開戦時点で、開発が4年は経っていましたから、そろそろ後継機が出てきてもおかしくはなかったのです。 ない。 ・地球の自転-戦艦大和等の巨砲の場合。 【戦艦大和の主砲発射手順】 代表的な例として戦艦大和の例をあげれば、大和の主砲は以 下の手順で計算され発射されました。 すれば砲身の摩耗により交換しなければならなかったそうです。 あんな大きなものを加工する技術はすごいのかもしれないですが、機構という面での技術はすごい…のか?否定してるわけでは無いんですよ。大和はロマンがありますし! しかし、いまいちその砲身の角度に違和感がありましたので、説明書の組み立て方法はやめるようにしました。 んで、マニアでも結構知られていないのですが、見た目がよく似ている陸軍の一式戦闘機「隼」は格闘性能のほうを優先したので設計に無理がなく、操縦しやすくてパイロットには好評だったそうです。一方のゼロ戦は無理に無理を重ねて日本人が何より愛するカタログスペックを追い求めたので、操縦がピーキーでした。マイクロソフトフライトシミュレーターはそこも忠実に再現されているそうで、日本人はみんなゼロ戦を操縦したがるのですが、すごく難しくて挫折する人が多いんですって。 結局のところは、自己流、独りよがりです。 基礎技術力、基礎工業力の限界を超えたものは作れないし、作れたとしてもそれこそ不良品と呼びたくなる粗悪品しか出来ません。 大和の主砲弾は航空観測しないと当たらない。 なので戦闘中に観測機を飛ばす必要があった。 792 アナエロプラズマ (ジパング) [SE] 2020/08/14(金) 17:07:15.11 ID:1/3U6CBV0 それよりも15万馬力しか出せないと分かった時点で、装甲を薄くするとか主砲を一つ取っ払ってしまうとかいくらでも軽量化/高速化の方法はあったと思うのですが、なぜやらなかったのでしょうか? ご存知ですかね。当時の日本はネジとネジ穴の大きさも品質のバラつきが大きくてね。例えばエンジンを組み上げるときにはネジの山の中からサイズがちょうど合うネジを探さないといけなかったんですよ。いや同じ口径のはずなんですよ。だけど微妙に合わないから、合うやつを「これ合わない、これも合わない、あ、これが合った」という感じですり合わせをしないといけなかったのです。当時の日本の工業品の品質ってそういうレベルだったのです。三八式歩兵銃はよく当たることで有名ですが、そりゃそうです、1丁1丁を職人さんが丁寧に調整していますから。工場から完成した直後は品質のバラツキが大きすぎて、職人さんが調整しないととても使えなかったんですよ。もうね、それは工業品じゃなくて、工芸品ですよね。そういう国だったのです、我が国は。, 2位の方ではありませんか!大和の魚雷の話は逆です。左舷からの攻撃に集中させて、右舷の横っ腹が出てきたところを最後にがーん!とやったんですよ。 天敵飛行機にはめっぽう弱い 軍事技術というのは、その時のその国の最先端技術の結晶のはずですから、戦艦大和建造時の日本の技術力というのはそういうものだったのです。 この戦艦は主砲はすごい世界最大ですが やってみなければ、分らない。 そこで作業が止まってしまっています。パテで1から形を作ってみたりしましたが、やはり違和感がありました。 大和の主砲に関しては発射の機会が少なく、よくわかりません。ただし、レイテ海戦では故障がなく、射撃できたということですから、他のレイテで故障を起こしたアメリカの古い戦艦よりはまともに稼働したと思います。射撃速度はどこももとに方針を戻す必要から実質大体毎分1発だそうです。 は、結果論であって、後世の評論。 予想を外してしまった。  不沈艦として設計しても魚雷で沈められました。自艦が発生させる そういうのは「不良品」とは呼びません。 そうなったら、元々戦争には間に合わなかった無用の長物が更に間に合わなくなり、建造中止になっていたかもしれません。 昭和20年(1945年)4月7日、沖縄海上特攻作戦に旗艦として参加し、アメリカ軍艦載機約300機に攻撃され沈没した。 ただ、零戦にしても同じような事が言えるんじゃ無いでしょうか?軍部の無茶振りに追い詰められ、とりあえず軽くするため重要なところを削ってしまいました。結局、米英に速度も性能も越されました。 それよりも15万馬力しか出せないと分かった時点で、装甲を薄くするとか主砲を一つ取っ払ってしまうとかいくらでも軽量化/高速化の方法はあったと思うのですが、なぜやらなかったのでしょうか? ところが、戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があったと聞いた。 本来の後継機開発が全くできなくなってしまい、 主砲が重すぎて外れたのですか?もろくないですか?, 私は旧日本海軍・戦艦大和の46センチ主砲が、唯一で世界最大だと思っていた。 故障というのは、何事も事故がなく平常な状態で突然使用不能になることでは? 46CM砲 そこで作業が止まってしまっています。パテで1から形を作ってみたりしましたが、やはり違和感がありました。 存速が速いと弾丸の貫徹力も強いので、より厚い鋼鉄も破壊できる。』, 零戦に関して言えばどう見ても傑作機ですよ? 主砲の一斉砲撃をした時、艦橋が崩落したそうです。 存速が速いと弾丸の貫徹力も強いので、より厚い鋼鉄も破壊できる。』, 零戦に関して言えばどう見ても傑作機ですよ? また、大和の主砲の装填 あんな大きなものを加工する技術はすごいのかもしれないですが、機構という面での技術はすごい…のか?否定してるわけでは無いんですよ。大和はロマンがありますし! 80年代のカローラと80年代のマーチを比較してどっちが傑作でどっちが駄作かは議論できますが、80年代のカローラと現代のマーチ比較するような行為はナンセンスですよ。, 大和の大砲。 ズルズルと、旧式化している零戦を使い続けなくてはならなくなった。 1発づつ撃つことによって、1砲塔あたりの発射速度は仕様を満たしています。 我が国日本で、かつてあの戦艦大和が機銃を撃ってたんですね。残念な結果に終わりましたが現在でも沖縄の海底に戦艦大和があるのですね。大国アメリカも真似することが出来なかった水圧ポンプの主砲。タイムスリップしそうです。, 戦艦大和の主砲(3連装45口径46cm砲塔)と副砲(3連装60口径15.5cm砲塔) 同世代の戦闘機で無敵じゃないですか。 日本が使っていたチハたんこと九七式中戦車とほぼ同サイズのドイツの3号戦車が300馬力、イギリスのクルセーダー戦車が340馬力、ソ連のBT-7戦車が450馬力のエンジンを持っていたのに対して、我らがチハたんは180馬力です。なんでそんなに出力が低かったのかというと、鉄の質が悪いから。もっと薄くすると強度が足りなくなって、厚くすると熱がこもるから高出力が出せないのです。 お詳しいお話を聞けて光栄です。, morizumu634 さん、こんばんは。 単純に当時の軍部が愚かだったとは考えにくいのですが…, 以前、なんらかの本で戦艦大和の主砲発射時、甲板上で生身の人間はその衝撃に耐えられない。(ウサギを金網に入れ実験したところすべて死んだ)という事を読んだ記憶があります。映画「男たちの大和」では、機銃座の兵員はヘルメット以外なんの防具、耳栓などしていないようなのですが、主砲の三式弾打ちまくっていましたね。実際のところどうだったのでしょうか?, 戦艦大和の機銃砲?高射砲?の名称を教えてください。  そんな大エネルギーを発生させる主砲の一斉砲撃を延々と これは、日本に限らず、どこの国でも同じです。 砲弾も約1.5トンの重さがあるわけですから、油圧だけでは迅速な装填が難しかったはず。 本来の後継機開発が全くできなくなってしまい、 大和型、伊勢型、山城型には破損の危険性があったので、1発づつの発射です。 誰かの疑問に誰かが答えることでQ&Aが出来上がり、後で見に来たたくさんの人の悩みの解決に役立てられています。 今ならモーターで殆どの物を動かせるでしょうが、当時のモーターはそこまでの能力はなかったはずですから、すべての動作は油圧だったと思います。 どなたか、教えてください。よろしくお願いします。, お世話になります。質問ではなく、ふと思いつきました。ご意見をお聞かせください。 これは、日本に限らず、どこの国でも同じです。  大和は世界最大の46センチ砲を9門搭載していたものの その中に出てくる『存速』という言葉の意味が良く分かりません。 某動画サイトで46センチ砲の仕組みを見たのですが… この戦艦は主砲はすごい世界最大ですが 天敵飛行機にはめっぽう弱い 主砲の一斉砲撃をした時、艦橋が崩落したそうです。 速力がたった27ノット やっていたら大和自身がぶっ壊れてしまったのではないでしょうか。 の見た目なのですが。プラモデルなどを見ると、副砲の方が60口径なのに 大和も零戦も、これが全てです。 46センチというのは大砲の穴の直径でそれが9セットあるという事でしょうか? ちなみに大和型二番艦「武蔵」は例のレイテ海戦で、魚雷20本に耐えるという軍艦史上空前絶後の耐魚雷記録を持っています。これが破られることは永遠にないでしょう。ちなみにこの対抗力に驚いた米軍は、沖縄作戦のときの大和に対しては「左舷からの魚雷攻撃禁止」にして右舷からの魚雷攻撃に徹し、9本で大和を沈没に至らせています。 お詳しいお話を聞けて光栄です。, morizumu634 さん、こんばんは。 自艦の揺れを電気機械式計算機で判断して砲身の角度と砲身の旋回角を決める。 ドイツ製でしたが、たしか定遠だったと思うのですが 個々のパーツの仕様を見てゆくと、アイオア型の方が優れているようです。 歴史を勉強してます 1 : 朝一から閉店までφ ★ : 2020/10/09(金) 22:19:22 ID: djfh7AzJ9.net 2020/10/09 12:50 大和ミュージアム(広島県呉市)は、兵庫県の企業から、旧日本海軍の戦艦「大和」の主砲などを製造する際に使われたとされるドイツ製の超大型旋盤の寄付を受ける。 例えば敵空母を発見して砲撃しようと思っても逃げられちゃうし もちろん、損害によって砲撃不能になりやすいというのはあるでしょうが、 詳細は下記のURLを参照ください。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F 大和の射程距離は、41.000mで着弾まで90秒掛かるので、相手が20N/Tの速度でしたら 砲位盤の故障はあったようですが、 戦艦大和と武蔵をつくらず、零戦一万機を作ってたら戦争に勝てたと思いますか? 戦艦ってそう簡単に沈まないですか? 何故鋼鉄の咆哮では戦艦に魚雷を搭載することが出来ないのでしょうか? 日本が使っていたチハたんこと九七式中戦車とほぼ同サイズのドイツの3号戦車が300馬力、イギリスのクルセーダー戦車が340馬力、ソ連のBT-7戦車が450馬力のエンジンを持っていたのに対して、我らがチハたんは180馬力です。なんでそんなに出力が低かったのかというと、鉄の質が悪いから。もっと薄くすると強度が足りなくなって、厚くすると熱がこもるから高出力が出せないのです。 零戦に後世から良い評価を得られないのです。, 戦艦大和は転覆した際に主砲が抜け落ちたらしいですが、 戦艦などの主砲はがっちりと固定されているわけではないのでしょうか? 当時の日本で作りうるハイテクノロジーの塊である。 零戦に後世から良い評価を得られないのです。, 戦艦大和は転覆した際に主砲が抜け落ちたらしいですが、  そんな大エネルギーを発生させる主砲の一斉砲撃を延々と ドイツ製でしたが、たしか定遠だったと思うのですが あなたも誰かを助けることができる これは特に、排水量のわりに多くの砲塔装備している、 主砲46センチ砲の採用について以下のような記述を見つけました。 世界最大・最強の戦艦と言われる旧日本海軍の大和級戦艦。中でも1番艦「大和」は旧日本海軍最後の水上特攻作戦で撃沈されるという悲劇的最後から、神話的存在に近い軍艦となっていますが、それゆえ「とにかく強い」「いやいやそれほどでもない」と、さまざまな誤解の元になっています。 しかし、いまいちその砲身の角度に違和感がありましたので、説明書の組み立て方法はやめるようにしました。 すれば砲身の摩耗により交換しなければならなかったそうです。 これらの装置は「日本光学」(現在のニコン)が開発したもの。 戦艦などの主砲はがっちりと固定されているわけではないのでしょうか? 言い換えれば高速戦艦としての要求を取り下げた理由は何なのでしょうか? だいたいの概略は把握しているのですが、気になることがあります。 だいたいの概略は把握しているのですが、気になることがあります。 あなたもQ&Aで誰かの悩みに答えてみませんか?, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%9E%8B%E6%88%A6%E8%89%A6. 結局のところは、自己流、独りよがりです。 衝撃に対して、何らかの対策は練っていたのでしょうか。, こんにちは 『結局、米英に速度も性能も越されました』 ネットで調べても主砲、副砲に関しては出てくるのですが写真の様な物の名称がイマイチはっきりしません。 戦艦大和の主砲って意外と不良品じゃないですか? 元々鋼鉄の質でアメリカやイギリスどころか、ソ連にさえも品質で劣っていたのですから、いい製品なんて作れるわけないだろ。 ”主砲46センチ砲を9門”とうのは、当時では脅威の規模だったのでしょうか。 大和(1941年 10/30公試?) 大和(1945年 4/7 米機の攻撃に晒される大和) 武蔵(1942年 トラック諸島泊地にて停泊中。電探装備済み。白いのは日よけの天幕。) 【開発背景】史上最大最強にして日本人(特に男子)なら誰もが ご存知の方ありませんでしょうか? どこの国も敵国の大雑把な要目は手に入りますが、詳細までは手に入りません。 それは現代の海上自衛隊にも引き継がれていて、例えば日本最初のイージス艦である「こんごう」は自衛隊は本気で作っていません。まず実験艦として作って、そのノウハウを注ぎこんだ「きりしま」からが本気モードなのです。今話題の空母・・・いえ、ヘリコプター護衛艦「いずも」もそうです。本気モードで作ったのは「かが」からになるそうで、その証拠に「こんごう」も「いずも」も初代艦長は防衛大学出身の人ではないのです。中の人に聞いたら「一番艦はいろいろ不具合が出るもので、防大出身の人に恥をかかせるわけにはいかないから」だそうです。 それは現代の海上自衛隊にも引き継がれていて、例えば日本最初のイージス艦である「こんごう」は自衛隊は本気で作っていません。まず実験艦として作って、そのノウハウを注ぎこんだ「きりしま」からが本気モードなのです。今話題の空母・・・いえ、ヘリコプター護衛艦「いずも」もそうです。本気モードで作ったのは「かが」からになるそうで、その証拠に「こんごう」も「いずも」も初代艦長は防衛大学出身の人ではないのです。中の人に聞いたら「一番艦はいろいろ不具合が出るもので、防大出身の人に恥をかかせるわけにはいかないから」だそうです。 ゼロ戦 それは故障ではなくて、損害損傷ではないでしょうか。 大和型の27ノットは空母護衛に何ら問題ない。 そもそも大和型の同期の新戦艦の内、 n.カロライナやs.ダコタ級はカタログ28ノットだが凌波性や航洋性が低く 戦時満載で実質25ノット後半まで落ちても護衛をしていたし、 数字で比較しないとなかなか大和の凄さがわからないもので・・ 別に日本が戦艦に依存していたわけでは無い。武蔵以降の建造艦はほぼ全て航空母艦だし。戦艦が主力だとは思ってはいない。ただ戦艦を艦隊の主力として使わず,空母の護衛に使うのに抵抗があっただけ。速力は大和型でも問題ない。 月刊正論 なぜわれわれは「大和」を活かし切れなかったか。戦艦大和をつくるにいたった近代日本の筋道とは。文芸評論家の福田和也・慶応大学教授と呉市海事歴史科学館館長の戸髙一成が語り尽くす。 歴史的蓄積が生んだ戦艦「大和」 第一次世界大戦を経験していれば… 主砲46センチ砲の採用について以下のような記述を見つけました。 やっと、高角砲等の小口径砲に仰角をかけたままで、 本来は後継機が開発され、主力の座を交代しなければならない時期であったが、 主砲が重すぎて外れたのですか?もろくないですか?, 私は旧日本海軍・戦艦大和の46センチ主砲が、唯一で世界最大だと思っていた。 「当初の要求通り20万馬力だったら…」なんてことを言う人もいますが、無理なものはしようがありませんよね。 本来は後継機が開発され、主力の座を交代しなければならない時期であったが、 太平洋戦争で日本海軍の誇る戦艦大和ですが 建造費も馬鹿になりませんからね。 次弾装填ができる技術が開発されたところです。 航空機エンジンでは、欧米諸国が2000馬力級エンジンを出してきてるのに、日本は1500馬力級の火星エンジンが無駄にバカでかくて雷電はあんなにずんぐりむっくりになっちゃって、2000馬力級の誉エンジンともなるともう故障なしで動かすことも困難になったのです。 同じく航空機の場合は、軍令部要求を海軍省が予算化し、航空本部が民間会社に競争試作させる。 『50口径と45口径では 大和の技術力はすごい!っていうイメージは崩れました。一発打ってから次を装填するには砲身を水平に戻さなきゃいけないし、それぞれの動作がそれぞれの機構で行われているから、撃つまでにかなり時間がかかる。しかも、結構な頻度で故障があったみたいですね。 その最たるものが、零戦の無線機。エンジンから出るノイズ(だと思うんですが)で母艦どころか僚機との通信にも不自由していたそうです。だから零戦パイロットは無線機をあまり使わずに、身振り手振りや機体の挙動で僚機と意思疎通をしていたという話は有名ですよね。 大和型、伊勢型、山城型には破損の危険性があったので、1発づつの発射です。 いったいどんな軍艦だったのか?, 戦艦大和の主砲について調べています。 建造が中止されていれば、今の我々が知っている大和は存在しなくなります。, 今日(7/27)その時歴史は動いた・・で戦艦大和が取り上げられます。 衝撃に対して、何らかの対策は練っていたのでしょうか。, こんにちは 兵頭二十八 防衛省が昨年公表した「先進対艦弾頭技術の研究」の意味するものとは? 一番正しかった『大和』級戦艦の使い道とは? 軍学者の兵藤二十八がが斬りこむ。 『武蔵』『大和』を破壊した徹甲爆弾は今も「秘密」 戦術的に一番正しかった『大和』級の「使い道」は? 大和の技術力はすごい!っていうイメージは崩れました。一発打ってから次を装填するには砲身を水平に戻さなきゃいけないし、それぞれの動作がそれぞれの機構で行われているから、撃つまでにかなり時間がかかる。しかも、結構な頻度で故障があったみたいですね。 ただ、零戦にしても同じような事が言えるんじゃ無いでしょうか?軍部の無茶振りに追い詰められ、とりあえず軽くするため重要なところを削ってしまいました。結局、米英に速度も性能も越されました。 これが全てです。 一応、要求仕様通りにはなっていれば性能を満たしているとされているはずです。 これが全てです。 元々鋼鉄の質でアメリカやイギリスどころか、ソ連にさえも品質で劣っていたのですから、いい製品なんて作れるわけないだろ。 ソレこそ、質問者様が思っているような「欠陥」を解消するような技術の開発をするためには更に数年の歳月と、国家予算の数倍の研究費が必要になったことでしょう。 大和(やまと) は、大日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の1番艦 。 2番艦の武蔵とともに、史上最大にして唯一46センチ砲を搭載した超弩級戦艦で呉海軍工廠で建造。. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%9E%8B%E6%88%A6%E8%89%A6, まず、基本的なところを… 例えば、標準なものでは、およそどのくらいの規模だったのでしょうか? それにね、新しいことをやろうとしたら想定外の不具合が起きるのは機械モノでは当然のことです。46センチ砲は前代未聞だったので、そんなのをぶっ放せばものすごい共振があちこちで起きるのは当然のことです。大和にとりつけたレーダーは、46センチ砲の発射の振動で壊れてしまいました。当時の日本の技術では、その振動に耐えられるレーダーが作れなかったのです。大和は一番艦ですから、実験の意味合いが強いというのもあります。 建造が中止されていれば、今の我々が知っている大和は存在しなくなります。, 今日(7/27)その時歴史は動いた・・で戦艦大和が取り上げられます。 要求項目に、将来のバージョンアップに備えて余裕をもたせる要求がなかったので、 着弾率が悪いと言う馬鹿がいる、計算すると分かる事である。 『50口径と45口径では 歴史を勉強してます 3発いっぺんに撃つことは、砲塔リングが破損する可能性があるので、できません。 80年代のカローラと80年代のマーチを比較してどっちが傑作でどっちが駄作かは議論できますが、80年代のカローラと現代のマーチ比較するような行為はナンセンスですよ。, 大和の大砲。 砲弾も約1.5トンの重さがあるわけですから、油圧だけでは迅速な装填が難しかったはず。 この戦艦当時としてはどう使うつもりだったのでしょうか? 『軍部の無茶振りに追い詰められ』 切り詰めたギリギリの設計で要求満たしただけです。 15年位前に大和を復元するって言うテーマで 架空小説が出ていたけれどそのときは4年半かかったことになっていたね 最後に主砲を祝砲代わりに1発撃って終わっていたけれど 「よみがえる超戦艦「大和」―史上最強の巨艦「復元計画」:戦争考古学研究会著」 ただゼロ戦の場合は、最初から制約が多かったです。艦上戦闘機にしろ、航続距離は2000km以上にしろ、格闘戦が得意にしろ、火力は20mm云々、エンジンの問題がありました。最初からエンジンは三菱製のエンジンはサイズに合わず、中島製の栄エンジンを使わざるを得ませんでした。これでも1000馬力ですから、設計上改良ののりしろはもうほとんど使い切ってしまいました。 零戦 歴史 - 戦艦大和の主砲って意外と不良品じゃないですか? 戦艦大和の主砲って意外と不良品じゃないですか? 某動画サイトで46センチ砲の仕組みを見たのですが… 大和の技術力はすごい!っていうイメージは崩.. 質問No.9186672 ところが、戦艦大和より前に46センチ砲を搭載した軍艦があったと聞いた。 大和型は、当時の日本海軍が現状でできる技術を詰めこんだ、最先端の艦であることは確か。 後継機開発の為のチームが、太平洋戦争開戦により、目の前の零戦バージョンアップに動員され、 926m移動する事になり命中する訳がない。, そうなんですね。地上や密集した航空機ならなんとか使えるんですかね。対艦用には使えそうに無いですね。, 戦艦として最後の世代になるアメリカのアイオワ級も、撃ったらいちいち砲身を水平に戻さないと装填はできません。当たり前です。斜めのままに次の弾を込めたら、うっかり転げ落ちたら危ないだろ!暴発事故を起こさないためにも水平位置に戻して弾込めするのは常識です。それにアイオワも2番砲塔が吹っ飛ぶ事故を起こしています。砲塔が吹っ飛んだのに船はなんともなかったのですから、さすが戦艦ですね。 の見た目なのですが。プラモデルなどを見ると、副砲の方が60口径なのに しかも堀越技師が「上昇性能」と「格闘性能」の矛盾する性能を要求されて(これは車でいうと直線性能を優先するかコーナーリングの安定性を優先するかになるので、コーナーリングを優先すれば直線の加速は鈍くなり、直線の加速を優先すればコーナーリングの安定性はピーキーになります)、「これ、どっちを優先したらいいでしょうか?」と聞いたら目の前で「上昇性能だ!」「いいや、格闘性能だ!」「なんだとコノヤロー!」「やんのかコノヤロー!」と目の前で取っ組み合んばかりのケンカをおっぱじめられて「こりゃ、どっちも優先しなきゃいけないんだ」と思わされたわけですよ。 長文失礼しました。, 予想戦場における使用目的用途を決め、要目要求を軍令部が発し、予算を海軍省と商議、艦政本部が詳細を具体化。 その最たるものが、零戦の無線機。エンジンから出るノイズ(だと思うんですが)で母艦どころか僚機との通信にも不自由していたそうです。だから零戦パイロットは無線機をあまり使わずに、身振り手振りや機体の挙動で僚機と意思疎通をしていたという話は有名ですよね。 本質は、予想戦場が実際では異なり、使用用途が変わってしまった。 ズルズルと、旧式化している零戦を使い続けなくてはならなくなった。 設計チームという人的資源がなかったから、悪循環が生まれ、 「当初の要求通り20万馬力だったら…」なんてことを言う人もいますが、無理なものはしようがありませんよね。 やっと、高角砲等の小口径砲に仰角をかけたままで、 またゼロ戦についてですけどね。当時の欧米の戦闘機の主力エンジンは、1200馬力の時代だったのです。しかし、ゼロ戦に積む予定の栄エンジンは1000馬力しか出せなかったのです。戦闘機ってのは、レーシングカーに似ています。貴君がレーシングカーデザイナーだとしたら、ライバルチームより20%も馬力が少ないエンジンで同じ程度に戦えるようにしろっていわれたらどうしますよ?車重を軽くするしかないじゃないか。他に方法があるのか、ええ?(この話題になると私は冷静ではいられなくなります) だから、戦艦大和というのは、当時の技術力で建造可能な最高傑作だったんでしょう。 誰かの疑問に誰かが答えることでQ&Aが出来上がり、後で見に来たたくさんの人の悩みの解決に役立てられています。 ネットで調べても主砲、副砲に関しては出てくるのですが写真の様な物の名称がイマイチはっきりしません。 速力がたった27ノット ゼロ戦 本質は、予想戦場が実際では異なり、使用用途が変わってしまった。 ご存知の方ありませんでしょうか? 砲塔の操作は、自動装填式・水圧式駆動装置・発射筒制御装置・光学式距離測定装置。 どこの国も敵国の大雑把な要目は手に入りますが、詳細までは手に入りません。 短く見えるのは何故ですか。, 戦艦大和の写真を見るたび美しい船だと関心します。こんな船を日本が作ったかと思えば日本の技術力にプライドさえ覚えます。この船は純国産でしょうか?, 日清戦争時、日本の主力艦は巡洋艦が 何か良い防水布の自作の方法はないでしょうか?, あなたを助けてくれる人がここにいる 建造費も馬鹿になりませんからね。 某動画サイトで46センチ砲の仕組みを見たのですが… 自艦の揺れを電気機械式計算機で判断して砲身の角度と砲身の旋回角を決める。 「宇宙戦艦ヤマト」ではありません。我が日本の誇り「戦艦大和」です。子供のころ、50年以上前かなあ.....プラモデルで再現し、感激と自慢の一品でした。時代遅れの大艦巨砲主義とか、昭和の3バカとか、散々でしたが、時代錯誤ではなく戦後の先取りでした。 就航時には高速であったため巡洋戦艦であったが、度々の改装で速力が低下し戦艦となった。 ”主砲46センチ砲を9門”とうのは、当時では脅威の規模だったのでしょうか。 もちろん、損害によって砲撃不能になりやすいというのはあるでしょうが、 日本の戦艦「大和」の性能を紹介したビデオが話題になっていました。 戦艦大和の主砲について特に詳しく説明したもので、主砲だけで米国の軍艦よりも多きかったことや、それでも長い射程距離を持っていたことなどを語った内容になっています。 資料がなくて不確かですが、長門型、金剛型、重巡なんかも、同様だと思います。 主砲塔形状 写真判断(記念写真や砲塔の落とす影)、リサーチなどで 「前面盾」の形状と角度 を割り出し背面の扉の形状、 タラップ、 踊り場形状、などを特定した 大和型戦艦主砲塔の再考察 75 … 今ならモーターで殆どの物を動かせるでしょうが、当時のモーターはそこまでの能力はなかったはずですから、すべての動作は油圧だったと思います。 たいした砲戦もなく沈みましたが、その主砲は300発発射 しかも堀越技師が「上昇性能」と「格闘性能」の矛盾する性能を要求されて(これは車でいうと直線性能を優先するかコーナーリングの安定性を優先するかになるので、コーナーリングを優先すれば直線の加速は鈍くなり、直線の加速を優先すればコーナーリングの安定性はピーキーになります)、「これ、どっちを優先したらいいでしょうか?」と聞いたら目の前で「上昇性能だ!」「いいや、格闘性能だ!」「なんだとコノヤロー!」「やんのかコノヤロー!」と目の前で取っ組み合んばかりのケンカをおっぱじめられて「こりゃ、どっちも優先しなきゃいけないんだ」と思わされたわけですよ。 駆逐艦や巡洋艦も相手が速いので逃げられちゃう 3発いっぺんに撃つことは、砲塔リングが破損する可能性があるので、できません。 単純に当時の軍部が愚かだったとは考えにくいのですが…, 以前、なんらかの本で戦艦大和の主砲発射時、甲板上で生身の人間はその衝撃に耐えられない。(ウサギを金網に入れ実験したところすべて死んだ)という事を読んだ記憶があります。映画「男たちの大和」では、機銃座の兵員はヘルメット以外なんの防具、耳栓などしていないようなのですが、主砲の三式弾打ちまくっていましたね。実際のところどうだったのでしょうか?, 戦艦大和の機銃砲?高射砲?の名称を教えてください。

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